英語のミスは繰り返されるのか - AI添削9,439件を追跡してわかった「あなたのクセ」の正体

英語のミスは繰り返されるのか - AI添削9,439件を追跡してわかった「あなたのクセ」の正体

2026-07-28約11分で読めますコラム

前回の記事「日本人が英語日記で間違える文法ランキング」の最後で、こう予告しました。「同じ人は同じミスを繰り返すのか? ここには、ランキング以上に意外な傾向がありました」。

今回はその答え合わせです。問いを正確に言い直すと、こうなります——英語のミスには「自分だけのクセ」があるのか。

「私は冠詞がとにかく苦手」「僕は前置詞でいつも引っかかる」。学習者なら誰でも、自分のミスにはパターンがあると感じています。それは本当に「自分の」パターンなのでしょうか。

検証には、LangJournalのAI添削データから、日記を4件以上書いた英語学習者348人・日記4,590件・添削指摘9,439件(2026年5月〜7月)を使いました。各ユーザーの日記を時系列で前半と後半に分け、「前半にあったミスは、後半にも現れるのか」を追跡します。この記事の表はすべて、この同じ348人のデータから計算しています。なお前回の記事は日本語ネイティブに絞りましたが、今回は1人あたり複数の日記が必要で標本の確保を優先するため、母集団は英語学習者全体です。

先に言っておくと、この集計は3回ひっくり返ります。

集計に使ったのは統計情報のみで、日記の本文は一切参照・引用していません。

第1幕: 素朴に集計すると「ミスはクセ」に見える

まず一番シンプルな集計から。前半にあるミスを指摘された人のうち、後半にも同じ種類のミスを指摘された人の割合(再現率)です。

ミスの種類 前半にした人が後半もする割合
スペル 81.5%
前置詞 73.8%
冠詞 73.2%
動詞の時制 64.1%
句読点 28.4%
接続詞 19.6%
副詞 18.2%
語順 16.3%

前置詞ミスをした人の74%は、後半にも前置詞を指摘されています。「ほら、ミスはやっぱり繰り返される。クセなんだ」——そう読みたくなります。

でもこの表には罠があります。

罠その1: よく出るミスは、誰でも繰り返す

前置詞ミスは全指摘の中で最も多い部類です。よく出るミスは、クセがあってもなくても、確率的に何度も出ます。この表は「クセの証拠」ではなく、「よく出るミスはよく出る」という同語反復かもしれません。

そこで正規化をかけます。「前半にそのミスをした人が後半にもする確率」を、「全員が後半にそのミスをする確率」で割るのです。この比(リフト)が1なら、前半のミスは何の情報にもなっていません。2なら「一度したミスは、平均の2倍繰り返しやすい」ことになります。

ミスの種類 リフト
スペース 2.23倍
接続詞 2.20倍
語順 2.02倍
名詞の語形 1.95倍
冠詞 1.25倍
前置詞 1.22倍
動詞の時制 1.16倍

序列が逆転しました。 頻出ミスのリフトは1.2倍前後しかなく、稀なミス(スペース・接続詞・語順)は2倍前後。「頻出ミスはみんなのミス、稀なミスこそ個人のクセ」——実は当初、筆者はこの結論で記事を書く予定でした。

しかし、ここにも罠がありました。

罠その2: 「たくさん書く人」の効果

前半に接続詞ミスをした人は、「接続詞にクセがある人」とは限りません。単にたくさん書いて、たくさん指摘される人かもしれない。書く量が多い人は、前半にも後半にも、あらゆる種類のミスが出やすい。全員平均と比べるリフトでは、この「量の差」を取り除けないのです。

そこで検証します。もし「自分だけのクセ」が存在せず、全員が同じ構成比でミスをして、違うのは量だけだとしたら——各ユーザーの後半の指摘量から、「そのミスが後半に1回以上出る確率」を計算できます(確率モデルによる期待値。当該カテゴリ自身は分母から除いて計算しています)。期待値と実測がほぼ一致するなら、「クセ」に見えたものは量の効果だったことになります。

ミスの種類 実測の再現率 クセなしの期待値 実測÷期待
スペース 47.5% 24.2% 1.96
名詞の語形 47.1% 38.8% 1.21
接続詞 19.6% 18.4% 1.07
スペル 81.5% 77.9% 1.05
冠詞 73.2% 69.7% 1.05
前置詞 73.8% 74.0% 1.00
動詞の時制 64.1% 64.5% 0.99
語順 16.3% 28.4% 0.57

※全20カテゴリ中、主要8つを表示。表外を含め、例外2つ(スペース・語順)を除く18カテゴリはすべて0.80〜1.21に収まりました。

リフトで2.20倍に見えていた接続詞は1.07。2倍組は軒並み消え、生き残ったのはスペース(1.96倍・該当40人)だけでした。逆側の例外は語順(0.57倍・該当80人)で、前半に指摘された人は期待値の6割しか繰り返していません。一度指摘されると直りやすいのかもしれませんし、指摘を受けて複雑な文を避けるようになった可能性もあります。ここは「興味深い兆候」に留めます。

ここで筆者は一度、「自分だけのクセは幻想だった」という結論を書きかけました。しかし、この検定にも死角があります。

罠その3: 「あるか・ないか」しか見ていない

いまの検定は「後半にそのミスが1回でも出たか」しか見ていません。頻出ミスでは、クセがあってもなくてもほぼ全員が後半に1回は出すため、この検定は飽和して差を検出できません。強い偏り(1.5〜2倍級)は否定できても、弱い偏りは素通りしてしまうのです。

そこで最後の検定です。今度は「出たかどうか」ではなく濃淡を見ます。各ユーザーのミス全体に占める各カテゴリの割合(構成比)が、前半と後半で相関するか。構成比は定義上、書く量と無関係です。もしクセが本当に存在しないなら、前半の構成比は後半を予測しないはずです。

結果——無相関ではありませんでした。

ミスの種類 構成比の前後半相関
スペル 0.59
名詞の単複 0.37
スペース 0.34
冠詞 0.33
動詞の時制 0.25
前置詞 0.10
語順 0.09
接続詞 -0.01

(前後半とも指摘8件以上の174人。中央値は0.13)

弱いながら、個人の偏りは実在します。そして一番強い「クセ」は、文法ではありませんでした。**スペル(相関0.59)**です。

考えてみれば納得がいきます。スペルミスは「recieve」「tommorow」のような単語固有の癖と入力の癖でできています。あなたが間違える単語は、あなたがよく使う単語。これは正真正銘、個人のものです。文法カテゴリのクセがERRANTの分類単位で薄く広がるのに対し、スペルのクセは「自分の単語リスト」として濃く残るのです。

なお、スペルだけが特別なのではありません。名詞の単複(0.37)・スペース(0.34)・冠詞(0.33)にも中程度の相関が残っています。複数形のs、単語間のスペース、冠詞——いずれも「書き落としやすい小さな要素」である点は示唆的ですが、ここでは観察に留めます。

結論: 「私は冠詞が苦手」は錯覚。「私はこの単語をいつも間違える」は本物

3回の検証をまとめます。

  1. 2倍級の「大きなクセ」は存在しませんでした。 リフトの2倍はすべて量の効果で説明できます
  2. カテゴリ単位のクセは、あっても弱い。 構成比の相関は中央値0.13。冠詞0.33・時制0.25と、頻出カテゴリに弱く残る程度です
  3. 最も個人的なクセは、スペル(0.59)でした。 文法ではなく、語彙と入力の層にクセは宿ります

「私は特別に冠詞が苦手」と感じているなら、それは大部分が錯覚です。冠詞は全員が苦手で(前回見たとおり、日本語話者の冠詞ミスの83%は書き忘れでした)、あなたの偏りはそこに薄く上乗せされているにすぎません。ミスの構成の大半は、個人ではなく学習者集団に共通の構造で決まっています。その構造の源泉として最も有力なのは母語です——冠詞を「落とす」パターンが日本語に冠詞がないことで説明できたように。ただし今回のデータでは各ユーザーの母語を直接確認できないため、これは解釈として書いておきます。

実践的には、この結果は動き方をはっきりさせてくれます。

  • 文法対策は、ランキング上位への定番の打ち手でいい。 構成が共通なら、前回のランキングの上位——時制・前置詞・冠詞——への対策は全員に効きます。「自分専用の弱点マップ」を探し回る必要はありません
  • 本当に「自分専用」にすべきは単語リスト。 スペルのクセだけは個人固有なので、自分が間違えた単語を貯めて見返すことには、データ上の根拠があります
  • 添削の価値は、見えないミスの可視化にある。 冠詞ミスの83%は「書いていない」ミスでした。書いていないものは読み返しても見えません。指摘されて初めて存在に気づけます

調査概要と注意点

  • 対象データ: LangJournalのAI添削における指摘9,439件(英語学習者348人・日記4,590件、2026年5月13日〜7月25日)。日記4件以上のユーザーに限定し、各ユーザーの日記を時系列で前半・後半に分割。すべての表を同一コホートで計算
  • 前回記事との違い: 前回は日本語ネイティブ206人に絞りましたが、今回は追跡に1人あたり複数の日記が必要なため母集団は英語学習者全体です。母語メモから日本語話者と確認できるのは25.1%(任意機能のため下限値)で、母語構成は確定できません
  • 期待値の計算: 「クセが存在せず全員が同じ構成比でミスをする」と仮定し、各ユーザーの後半の指摘量(当該カテゴリを除く)からそのミスが1回以上出る確率を求めました(ポアソンモデル)
  • 検定の射程: この期待値比較が否定できるのはおおむね1.3倍以上の偏りで、1.1倍程度の弱い偏りは検出できません。そのため構成比の前後半相関(量と独立)を併用しました。相関値は標本ノイズにより実際より小さく出る性質(希薄化)があるため、「弱いクセ」の実際の強さはここで示した値より大きい可能性があります
  • 相関計算の対象: 構成比の相関は前後半とも指摘8件以上のユーザー(174人)で計算しているため、より多く書く学習者に偏ります
  • 検定の単位: 分類はERRANTのカテゴリ単位です。「特定の単語をいつも間違える」といったアイテム単位の癖は、スペルを除き今回の検定では直接見ていません
  • スペル相関の解釈: スペルの0.59には「同じ単語を間違え続ける癖」のほかに、「入力環境(キーボード設定や自動修正の有無)が安定していること」による成分が混ざっており、両者は分離できていません。「自分の単語リスト」の根拠としては、その前提で読んでください
  • 主張の置き方: 20超のカテゴリを個別に検定すると偶然の当たりが混ざるため、個々の数値の有意性は主張しません。根拠は分布の形(期待値比がほぼ1に収束したこと、相関がスペルだけ突出したこと)に置いています
  • 限界: 観察期間は約3ヶ月・日記は平均32語前後と短く、より長期・長文では違う結果がありうります。分布はAIが検出しやすいミスに偏る可能性があります
  • プライバシー: 集計に使用したのは統計情報のみで、日記の本文は参照・引用していません。統計情報の取り扱いはプライバシーポリシーをご覧ください

まとめ: ミスは繰り返される。ただし、あなたが思っている場所でではない

冒頭の問いに答えます。ミスは繰り返されるのか——繰り返されます。ただしその大半は「あなたのクセ」だからではなく、全員が繰り返すミスだからです。素朴な集計は「ミスはクセ」と言い、リフトは「稀なミスこそクセ」と言い、量を揃えたら「クセは消えた」ように見え、濃淡まで見たら「弱いクセが、主にスペルに残る」が最終回答でした。

データは、正規化のたびに違う顔を見せます。筆者が当初書く予定だった記事は、検証の途中で2回棄却されました。その過程ごとお見せするのが、研究所として一番誠実な報告だと思っています。

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